ESの志望動機では成長という言葉を目的にしてはいけない

ESの志望動機では成長という言葉を目的にしてはいけない

 

会社に入るための志望動機ではどんな作り方をしているでしょうか?

 

それぞれで志望動機の中心に据えるものは変わってくると思いますけど、例えば、成長を中心にするという人も多くいると思います。

 

「御社ならば成長できると思った」、または「御社には自分が成長できる環境があった」というようなものを考えてくる人がいると思うのですが、そういった志望動機はあまりおすすめできません。

 

成長という単語は非常に曖昧で捉えづらいということもありますけど、何よりも問題なのは、成長してどうするの?という問いに答えられないからです。

 

成長できることが志望動機になってしまうと、成長が目的になっています。でも、成長というのは本来は手段なのではないでしょうか?

 

良い大学に入りたいから勉強をして学力を上げるということがありますけど、この場合には良い大学に入ることが目的で、勉強をして学力を上げるという成長部分は手段です。

 

例えば、良い大学に入りたいと思っていない人が勉強をして学力を上げました。

 

この場合、成長はしていると思いますが、その結果何の意味があったと言えるのでしょうか?学力が上がったことでその人に何のメリットがあったのでしょうか?

 

つまり、ある目的を達成するために成長をするのであって、成長が目的になってしまうと、その結果何の意味もないというケースが含まれることになります。

 

つまり、成長したいから志望したと言われても、人事から見ればよく理解できない志望動機となるのではないでしょうか?

 

だから、成長というワードを全く使ってはいけないというわけではありません。成長の先に達成したい何かがちゃんとあって、それまで説明できるならば成長を志望動機にしても良いと思います。

 

成長が結論に来ないことが大切なのです。

 

自分は最終的にどうなりたいのか?のビジョンを示したうえで、それを達成するための環境や制度がその会社にあるから、志望するという流れにすると、成長を含んだ志望動機として、非常に納得感が生まれるのではないでしょうか?

 

成長というワードはなんとなく使ってしまいがちかもしれませんが、使い方によっては志望動機として不十分なものになる可能性もありますから、注意しないといけません。

 

就職でも転職でもどちらでもこういった成長を含んだ志望動機はありえますが、どちらにおいても成長を結論にしないこと、成長はプロセスの一部として認識しておくことは忘れないでほしいと思います。